フランスでの節分


3歳になった息子は、今年から季節の行事を理解するようになった。我が家には、日本の行事を紹介する本があり、その中で節分は2月の行事として説明されている。一昨日「土曜日は節分よ」と息子に話すと、「日本に行く!」と言い出す始末。よっぽど、節分が楽しみらしい。そして、小さいながらも日本の行事は日本で体験してみたいという思いがあるようだ。その日から、インターネットやインスタを見て鬼やお面を作ったり、二人で準備を始めた。(この鬼はこころのたねさんの折り紙オニ)。そして、本日2月3日。「お母さん、今日鬼の日?鬼は外、福は内する?」と、朝からソワソワしていた。

節分の夜は、もちろん恵方巻きを準備。恵方巻きは、関西出身の私にとっては、小さい時からの節分の習慣。我が家では、節分はなぜか壬生菜の浅漬けの恵方巻だった。実家に住んでいた頃は、「なんで海苔巻きに、壬生菜なんだろう。地味すぎる。お刺身入りの恵方巻が食べたい」なんて思っていた。気がつくともう10年以上も壬生菜の恵方巻を食べていない。今になっては「壬生菜の恵方巻」にも、妙に恋しさを感じる。

今年は、恵方巻を食べる方角は南南東。息子にこの巻き寿司を一本食べる間は、こっちの方を向いて、そして喋ってはいけないと説明をする。「ご飯の間はお話しして、食べたいよ」と最もらしいことを言ってくる。話してはいけないということがイマイチ理解できないようだ。相方がそんな息子に「話さないというゲームのようなものだよ。話さず食べれば勝ちだよ」と提案する。しかし、恵方巻を食べる間、やっぱり、ちょこちょこ話しかけてくる。その度に相方がシーっと合図を送る。それが面白いようで、何度も繰り返す。そういえば、私も小さいときは、話してはいけないと言われるとなんだか話したくなって、食べている間に何度も話して、母にシーっと注意されたされたことを思い出す。子どもってそんなことがおかしいのだ。

息子が楽しみにしていた豆まきの時間。ものすごい興奮をして、鬼の役をした相方に豆を投げる。大人からすると、何が楽しいのだろう〜と思うけれど、そういえば私も子どもの時も、鬼の役をした父に豆を投げるのが面白かった。節分は、豆を投げるのが楽しく、ケラケラ笑いながら、投げていた記憶がある。豆が鬼を追い出すと言われているけれど、こういった子どもの笑い声が、邪気を追い払うのではないかと、今になっては思う。

節分の最後には、豆を歳の数だけ食べる。残念ながらフランスでは福豆は購入することができなかったので、自分で福豆を炒ってみた。昔食べていたものとは少し違うけれど、素朴な味のする福豆。歳の数だけしか福豆は食べれないので、小さいときは、少ないと思っていたけれど、大人になった今は30以上も食べなければならない。これが思った以上に多い。私も歳を取ったのだなと実感する。そういえば、祖母と暮らしていた頃は、60以上も食べなければならない祖母は一人では食べきれず、「おばあちゃんの分も食べてーなー」と言われ、多く食べれることが嬉しかったけ。しかし、今なら祖母の気持ちも理解し始めてくる年齢に私もなったのだ。

今日は息子を見ていて、忘れていた自分の子ども時代を思い出した。息子と一緒に幼い自分を辿っているようで、なんだか懐かしい気分になった1日だった。

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